【インタビュー】Shizubi Research+ 倉俣史朗と静岡
Shizubi Research+ 倉俣史朗と静岡[2024年11月6日(水)〜12月15日(日)]は、通常の展覧会とは異なるアーカイブ展示による小企画展として静岡市美術館の多目的室で開催されます。
そこで、そもそもなぜ稀代のデザイナー・倉俣史朗に着目したのか。また、倉俣史朗と静岡との関係や展示の見どころなどを静岡市美術館の学芸員・伊藤鮎さんに伺いました。伊藤さんは昔から倉俣史朗のファンでもあったようです。
「私自身が高校生の時に、倉俣さんの《ミス・ブランチ》を見て衝撃を受けるなど、倉俣さんのプロダクトデザインが好きだったということが元々ありました。
大学卒業後に静岡に戻ってきた時に「倉俣史朗がデザインしたバーがあるよ」と周りの人から聞いて、そのバー・コンブレにいつか行ってみたいなという気持ちがあったのですが、その時はお店が休業していたので入る機会もなかったんです。真っ暗な店内を外から覗き見したりはしてましたが。」
改めて倉俣さんのプロフィールを見たときに気がついた静岡との関わり
「タカラ堂さんとか、トンボヤさんとか。地元の人だったらすぐにわかるお店の名前が並んでいて、しかも美術館の周辺のお店が多くて。
でもコンブレと同じ80年代じゃないな。それよりも前の時代から、なぜこんなにも静岡と繋がりがあるんだろう?と、個人的に疑問に思っていました。
今回の企画はShizubi Research+(シズビリサーチプラス)という美術館の新しい試みです。
出来上がった作品を展示する展覧会とは違い、リサーチ・研究の部分から地域の人と情報を積み重ねていき、それをまた広く伝えていくという、研究の過程もオープンにしていく方法を試みています。」
「倉俣さんの作品集を見たときに、トンボヤさんも昔はこんな店舗だったんだと興味を持ちました。しかも天井のイラストレーションを宇野亞喜良さんが手掛けていたということで、静岡にこんな素晴らしいデザインのお店があったことに驚きました。色々な関係者の方をつないで頂いてお話を伺っているうちに、当時倉俣さんの静岡での施工を行っていた会社のご親戚のところに、昔の資料が少し残っているということで見せて頂きました。店舗のディスプレイや改装を手掛けていたりと、倉俣さんのこれまでの年表では上ってこなかったような、本当に細かいお仕事ぶりが分かる資料が見つかりました。
店舗などの空間は一度無くなってしまうと、それを実際に見たことがある人や、体験した人でしか語れないことが多いですよね。なので、残っている資料や記録写真だけではない、「記憶」を残していくことができないかな、と思って始めた試みがこの企画でした。
倉俣さんは空間に対する感覚がものすごく鋭い方だなということが、家具やプロダクトを見るだけでもよくわかりますが、静岡では空間全体を手掛けた実例としてコンブレに行けるという強みがあります。美術館も商店街の一員として、街の記憶を次世代に繋げていくことも今やるべき大事な活動のひとつかと思っています。」
30年以上前のデザインは、今の時代にどのように受け止められるのか
「昨年から今年にかけて開催されていた巡回展『倉俣史朗のデザイン』展にも若い人が多く来ていたみたいです。倉俣さんの作品は今見ても純粋に驚きを感じたり、プロダクトの仕上げの美しさに目を奪われたりと、その凄さが分かるし、普遍的なところもあるので今の私達の感覚にもフィットしてくると思います。
過去なのかもしれないけれど、今でもあるというか。実際コンブレは、80年代に作られて、一部は改築・改修されたけれど現在も営業を続けているので、それは現在進行形のデザインであると言えると思います。倉俣さんの80年代の作品は、80年代らしさというか、色が多用されているという点で時代のトレンドも感じるのですが、私が実際にコンブレの空間に入った時に、想像していたよりも優しい空間で居心地のよさを感じました。赤、黄、緑と、確かに色が沢山使われているのですが、その色が色でないというか、それぞれが主張するアクセントというよりは、空間に溶け込む色のようで、そういった部分からも倉俣さんの空間とか色に対しての感覚の高さを感じますね。空間の区切り方や、テーブルや天井が描く曲線も、人を拒絶しない、倉俣さんの優しさをデザインから感じます。こうした実際に体験しないとわからない感覚というのを、若い人たちにも知って欲しいし、繋いでいきたいと思いました。
その時代の良い部分って、渦中にいたり近すぎると見えなかったりすることもありますよね。だからある意味、30年ぐらいの距離感というのは丁度よく、もしかしたらそれもあって私も改めてコンブレに興味を持ったのかもしれません。」
知られざる倉俣史朗、そして街の魅力にも気づいてもらえるように
「倉俣さんを紹介する時に、静岡での仕事というとやはりコンブレが単独でピックアップされることがありますが、静岡市が主催した「家具産地イメージアップ事業」で地元のメーカーと倉俣さんとで作られた椅子が、「きよ友」という、現在は香港のM+という美術館に完全移築されたお寿司屋さんで使われていたり、静岡での試みが倉俣さんの別のお仕事につながっていたりします。「静岡」というひとつの軸で切ってみることで、新しい倉俣さん像が見えてくる可能性があるのかなと思っています。
静岡でのお仕事は規模が小さかったり、予算も少なかったりしたかもしれませんが、それ故に少し実験的なところがあり、静岡で試したことを東京などの大都市で展開することもあったということが、残された資料からわかってきました。今回のアーカイブ展では、資料や写真を紹介しながら、そうした展開が伝えられたらと思っています。」
「倉俣さんに店舗デザインをお願いした静岡のお店の人たちも、皆さんそれぞれ高い美意識を持って倉俣さんにお願いしていたと思います。自分の住んでいる街にもこうした場所があり、倉俣さんのような一流の人たちとも繋がっていた。地元にも文化があったし、その文化を作ってきた人たちもいて、その中で普通に当たり前のように生活していたんだ、ということに私自身が気づかされました。静岡の街の魅力にも気づいてもらえるのではないかと。それが期待することかもしれないですね。」
街のど真ん中に立地する静岡市美術館、倉俣史朗が関わった仕事の軌跡がその周辺に存在しています。
美術館での展示をきっかけに、コンブレを訪ねてみたり、改めて静岡の街を見てみることで新たな発見をしてみてください。
また、今回の企画は、最終的に記録冊子としてまとめていく予定もあるようです。