【上映作品解説 一般社団法人浜松創造都市協議会 稲垣知里さん】
11月1日(金)から浜松市鴨江アートセンターと木下惠介記念館にて開催されます【映画上映会「Screening Ourselves」】。日本と外国、両方にルーツやつながりをもつ映像作家の上映作品について、その作家の背景を鴨江アートセンターの稲垣さんに解説していただきました。
浜松市の公立文化施設である浜松市鴨江アートセンターと木下惠介記念館(浜松市旧浜松銀行協会)を運営する浜松創造都市協議会は、2024年9月から11月に行うプロジェクト「であう、あそぶ、きおくする—アートと映像の多文化社会」の一環として、「Screening Ourselves」と題した特別映画上映会を開催します。
浜松は製造業が盛んなことから、外国人労働者が多く住み、さまざまなアイデンティティやルーツをもつ人々が暮らすまちとなりました。本上映会にて、日本と外国両方にルーツを持つ映像作家3名の4作品を特集上映し、国籍、民族、移民、越境、分断、アイデンティティ、家族などのテーマについて、映像を通した表現を発信します。
今回上映する3名の作家はそれぞれ、ブラジル、朝鮮、中国にルーツや拠点があります。各作品のテーマは異なりますが、どれもが自らの体験からしか語ることができない物語です。個人的な経験を語るこれらの作品の内容は、やがて日本をとりまく移民や多様性の課題などの大きな文脈へとつながっていきます。本上映会を通して、すでに多文化であり多様である日本の社会と歴史に触れ、また私たち一人ひとりがすでにその当事者であることを考える機会になることを願います。
11月1日(金) 18:30~(入場:18:00~)
『再びおかえり』
(マルコス・ヨシ監督/2021/105分/ポルトガル語)
日系ブラジル人である監督マルコス・ヨシは、自身が14歳の頃に両親が出稼ぎのために日本に旅たち、13年間家族離れ離れになって暮らした経験をもとにセルフドキュメンタリーとして今作を制作しました。本作の中で監督は、子どもたちの教育と豊かな将来を願う両親の出稼ぎが、長くなればなるほど、家族の心の距離は離れ、親子の絆が脆くなっていったと言います。実際に、カメラの前でその心の距離をはかるように両親に語り掛けるマルコスの姿がこのことを証明しているようです。親子の関係を再構築することを願い制作した本作は、かつて往復書簡のように日本にいる両親とブラジルにいる子どもたちの間で交換されたビデオレターや写真の数々へと、監督を導きます。
本作は、移民の歴史の大きな文脈の中に浮かぶ一つの家族の例でもあります。2024年現在、日本からブラジルに最初に集団移住が行われた1908年から一世紀以上が経ちました。1990年代の入管法の改正により多くの日系人の労働者が「デカセギ」に来るようになり、製造業が盛んな浜松も多くの外国人労働者が暮らすまちとなりました。マルコスの両親のように、母国に家族を残して離れて暮らすことは、多くの外国人労働者にとって珍しいことではありません。本作は、ある家族の個人の生活や歴史の記録でありながら、こうした多くの外国人労働者の家族が抱える問題について観客に訴えかけます。
今回の上映会で、本作は浜松で初上映されます。日本最大のブラジル人コミュニティが暮らす浜松という土地で本作が上映されることで、このまちの文化や人種の多様性を考える機会になるだけにとどまらず、浜松の歴史における移民やそのルーツをもつ人々の存在感を高めることに貢献することを願っています。
11月4日(月・休) 14:00~(入場:13:30~)
『愛しきソナ』 *デジタル・リマスタリング版
(ヤンヨンヒ監督/2009/82分)朝鮮語・日本語
大阪に生まれた在日朝鮮人2世であり、在日本朝鮮人総連合会の幹部の家族に生まれた映画監督ヤンヨンヒは、長編ドキュメンタリーデビュー作である『ディア・ピョンヤン』(2005年)から、一貫して家族をとりまく自身の経験をもとに作品を制作・発表してきました。本作『愛しきソナ』はヤン監督第二作目であり、第一作発表時に北朝鮮の組織から求められた謝罪文の代わりにつくったという作品です。ヤン監督が幼い頃に北朝鮮に渡った兄の子である姪の「ソナ」が現地で成長していく様子を、北朝鮮と日本の2つの国の間で生きてきた自身と重ねながら、カメラでその姿を追います。
ソナという北朝鮮に住む一人の少女を主題に置きながら、彼女をとりまく家族や自身の両親にもカメラが向けられます。10代だった兄3人を北朝鮮に送った両親に複雑な心境を抱きながらも、カメラで捉えられる二人への視点は決して批判的なものだけではありません。そこには、息子やその家族を思う愛情深い人間としての尊敬の念や、家族と一緒に生活することが絶望的な状況への悲嘆と共鳴、在日朝鮮人の活動家としての使命感にジレンマを抱えることへの同情が伺えます。
本作の中で監督は自らのことを「訪問者」と位置づけ、一歩引いた目線から、自身が訪問する際の北朝鮮の生活は、あくまで家族にとっての「非日常」であると言います。しかし、本作は決して北朝鮮の人々を憂いたような、悲劇を伝えるだけではありません。国やイデオロギーの違いを超えて、経済的な貧しさの中でもユーモアを忘れずひたむきに生きる姪や、その家族の生きる姿を肯定するようなまなざしが確かにあります。
デビュー作がベルリン国際映画祭や釜山国際映画祭で上映され、『愛しきソナ』の後に発表された『かぞくのくに』で米アカデミー賞・外国語映画賞の日本代表に選出されるなど、ヤン監督は日本を拠点とする映画人のなかで最も重要な監督の一人となりました。作中、北朝鮮から入国禁止を言い渡され、家族との断絶に苦悩しながら、それでもカメラを回すことをやめない作家の姿勢から、こうした分断の歴史を個人のレベルから記録し伝える映像の力を考えます。
11月10日(日) 14:00~(開場:13:30~)
『異郷人』(柴波監督/2019/45分)
『広島生まれ』(柴波監督/2020/60分)
中国語・日本語 2本立て
多文化社会を考える今回のプログラムを締めくくるのは、日本生まれ中国育ちの中国人映画監督・柴波のデビュー作である『異郷人』と、第二作目である『広島生まれ』中編映画2本立てです。両作品は柴監督が自らにとって「故郷」とは何かをめぐる旅をテーマにしており、それぞれの作品を通して別々の角度から自身のルーツを探っています。
『異郷人』はフィクションの手法をとりながら、監督の経験を元にしており、自伝的作品と言えるでしょう。主人公である林苗という中国人の留学生は柴波自身が演じていることからも、監督の分身であることわかります。さらに父親役の実父をはじめ親戚が出演しているなど、本作はフィクションと現実の間を交差しているようです。撮影は父親の故郷である中国甘粛省の田舎で行われ、まるでドキュメンタリーのようにシームレスに捉えられる農村の暮らしと実際にそこに住む家族の親密さは、主人公の感じる孤独感をより引き立てます。日本と中国、ふたつの国で所在のなさを感じる主人公を見つめる映像は、「故郷」の定義を私たちに投げかけているようです。
第一作目では父親の田舎で撮影し、監督自身の半生に基づいた物語を中心に故郷についての思いを巡らせているのに対し、第二作目の『広島生まれ』では故郷の定義をより広くとらえることに挑戦しています。監督の出生地である広島で撮影された今作は、はじまりこそ柴自身のルーツに関する語りであるものの、中心に据えられているのは広島時代の両親の友人の居酒屋「金太郎」を経営する登田家です。日本の戦中・戦後においてあまりにも大きな負の遺産を抱える広島という土地に根を下ろした登田家の歴史を紐解くドキュメンタリーである本作は、戦後のバラックの食堂から大衆居酒屋へと、二代続く個人店の視点から土地の記憶を映し出しています。またそこに、故郷というパーソナルなテーマを抱え「わたしはどこから来たのだろう」という問いを続ける中国人の作家の人生が交差することで、その記憶はさらに複雑化していきます。
上映会当日は、監督の柴波が上映後のミニトークに登壇します。『広島生まれ』が大阪アジアン映画祭で上映されるなど、アジアの若手女性監督として注目を集める作家と一緒に2作を振り返りながら、映像を通して問われる故郷や人々のルーツについての混沌とした考えを深める機会になることを願います。
各日の同時上映として:
であう、あそぶ、きおくする—アートと映像の多文化社会
【アニメーション&音づくりワークショップ】記録映像
(約15分、各回上映会のはじめに上映します。)
2024年9月22日(日・祝)、23日(月・休)に浜松市鴨江アートセンター(浜松市中央区鴨江町)にて開催した「アニメーション&音づくりワークショップ」の様子の記録映像(15分程度)を上映します。9月のワークショップではアニメーションを主な表現方法とするアーティスト・蓮沼昌宏さんと、浜松市拠点の電子音楽ユニット・オコトロンを講師に招き、外国にルーツやつながりがある人と日本人、合わせて20名程度が参加しました。
ワークショップ参加者それぞれが、パラパラマンガの仕組みで絵が動きだす手描きのアニメーション作品をつくり、そこに音をつけて発表する様子を記録映像として公開します。
【茶話会(さわかい)「シネマ・ミートアップ」】
映画のあとは、鴨江アートセンターで茶話会をひらきます(約1時間)。上映会に参加した人とスタッフで、みたばかりの作品のおはなしをします。飲物とおやつを用意しておまちしています。
令和6年度浜松市創造都市推進事業補助金採択事業
「アートを ミル・キク・ハナス プロジェクト」